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ピックアップ がんばる人間工学家!

インタビュー企画 ピックアップ がんばる人間工学家

獨協医科大学 辰元 宗人さん

第6回
     辰元 宗人さん
        獨協医科大学

第6回は、獨協医科大学 神経内科の医師、辰元宗人さんです。大学の研究室でお話を伺いました。片頭痛で悩む患者さんに、薬を処方するのではなく住環境などの照明環境を改善することの大切さを推奨しています。


普段のお仕事

獨協医科大学 辰元 宗人さん

辰元 宗人(たつもと むねと)
プロフィール
獨協医科大学 神経内科 准教授。
医学博士、総合内科専門医、神経内科専門医、頭痛専門医
片頭痛の過敏症(光・音・臭い)を専門とし、ライフスタイルに密着した視点から「片頭痛にやさしい環境」を実現させる研究に取り組む。

大内
医師であり、研究者でもあるということですが、普段のお仕事について教えていただけますか?
辰元
大学病院の神経内科で主に外来診療をしています。頭が痛いとか、手がしびれるとか、そういう症状の方が来られる内科です。その傍らで、大学は研究機関ですから、片頭痛の患者さんを対象にした臨床研究も行っています。また、教員として医学生や看護学生の教育をしています。
大内
ずっと片頭痛がご専門ですか?
辰元
いえ、ずっとではなく、卒業後10年くらいは、ギラン・バレー症候群という手足が動かなくなってしまう病気の研究をしていました。
大内
難病のひとつですよね?
辰元
そうですね。典型的なケースは、生の鶏肉、たとえば大きな唐揚げの中が生焼けのものを食べてから、下痢になって、7~10日後に手足が動かしにくくなるという経過をたどります。下痢は、キャンピロバクターという腸炎の原因となる、よくある細菌であることが多いです。このキャンピロバクターという細菌に対して体の中にできる自己抗体の研究をしていて、学位もその研究でとりました。この自己抗体が、運動神経の伝達物質(ガングリオシド)と形が似ていて、間違ってくっつくと手足が動かしにくくなる、というのがギラン・バレー症候群です。
大内
その時点では、ずいぶん人間工学からは遠いご研究のように思えますが。
辰元
遠いですね。全然関係ないです(笑)


人間工学との接点
大内
そこからどんなふうに人間工学に関わるようになったのですか。
辰元
外来に通院している片頭痛の患者さんで、自宅の照明で頭痛が悪化する、という方がいらしたのがきっかけです。白い蛍光灯に白い壁という、今のマンションなんかでよくある組み合わせのご自宅です。片頭痛の方は光過敏と言って、頭痛のときに光をまぶしく感じやすい症状がみられることがあるので、家の照明を真っ白からちょっとオレンジがかった電球色のものに変えてみては?という提案をしてみました。海外の報告で片頭痛の方は白い蛍光灯が苦手であると知っていましたので。もともと学生のころからエル・デコという雑誌を読んでいて、インテリア全般に興味があったことも関係しているかも知れません。

第6回 辰元宗人さん(獨協医科大学)

大内
なるほど。
辰元
その方が、お風呂も含めて家中の照明を全部電球色に変えたらとても症状がよくなったというのです。逆に片頭痛の方で、自分の好みに従って選んでいたら自然と自宅は電球色ばかりだった、という方もいました。この照明の変更は他の片頭痛の方にもお勧めできるし、照明(光)以外の住環境でも片頭痛の方に何らかの影響があるだろうと疑うようになりました。
大内
医師の方が患者さんのご自宅のことにアドバイスをされる、というのはよくあることなのですか。


図1 不快グレア(ハロゲン電球)

 図1 不快グレア(ハロゲン電球)
図2 不快グレア(白色LED)

図2 不快グレア(白色LED)
辰元
あまりないですね。パーキンソン病の方などに転倒を防止するため、段差をなくすように指導するぐらいでしょうか。それまでの私は、病気(症状)に対して薬を処方するといった一般的な治療をしていました。今は、住環境を変えることが間接的な治療になるなら、それも医師の仕事ではないかと思っています。もちろん入院してもらったり、薬を処方したりはするわけですけれど。メタボリックシンドロームでもそうですが、日常の生活がどうなっているのか、というところに踏み込んで治すような、アドバイザー的なこともしなくてはならないと思っています。そこで、まずは照明、光が人間に与える影響について調べたいと思って、実験を始めました。


光と片頭痛、Active Care®という考え方
図3 Active Care® マンションモデルルーム
図3 Active Care® マンションモデルルーム
辰元
現在行っている研究は、大きく2つあります。ひとつは、まぶしさの感じ方が、片頭痛の方とそうでない方で違うかどうかということを、照明光源を見てもらって検証する実験です。被験者に暗室でいくつかの照明光源を見てもらい、まぶしさを評価してもらいました。
大内
違いはあったのですか?
辰元
ありましたね。片頭痛の方のほうがそうでない方より、まぶしく感じる傾向がありました。
大内
白色か、電球色か、という光色の違いですか?明るさそのものですか?
辰元
両方とも関係がありました。片頭痛の方は、電球色(ハロゲン電球)より、白色(LED)の方をよりまぶしく感じました(図1,2)。明るさも輝度が上がると、よりまぶしく感じていました。これらの結果から、片頭痛の方の住環境(照明)は、電球色で暗めの設定が望ましいことがわかりました。もうひとつの研究は、片頭痛の方に優しい住環境を実際に作るというものです。これはインテリアデコレーターの尾田恵さん(菜インテリアスタイリング代表)と一緒に進めています。京都の山科にあるマンションのモデルルームは、照明器具を調光出来るタイプのものにしたり、内装の色彩に気を使ったりしたインテリアデザインにしてもらいました(図3)。ちなみにこのマンションはすでに完売しています。この住環境を工夫することで病気の症状を緩和するという考え方に「Active Care®(アクティブケア)」という名前を付けて、商標登録しています。これは「考え方」であって形がないので、一般の人にもわかりやすい名前があったほうがいいのではないか、と知人にアドバイスをもらったのです。名前は尾田さんが考えてくれました。患者さんや症状に応じて、具体的にどんな光環境にしたらよいのか、というやり方のほうは「光の処方箋」と呼んでいます。これはうちの奥さんが考えてくれました(笑)
大内
ご家族のご協力も!でも名前ってとても大事ですよね。「メタボ」だって、その名前が広まってから気をつける人が増えたと思います。
これからの取り組み
一般的な外来診察室
神経内科の外来診察室
図 4 一般的な外来診察室(上)と
神経内科の外来診察室(下)
辰元
光と片頭痛の関係がわかってから、自分が診察している神経内科の外来診察室は、リフォームの時に電球色で少し明るさも落とした照明へ変更しました(図4)。この照明環境をさらに発展させたActive Care®(片頭痛にやさしいインテリア)の取り組みは、2013年12月に入居開始となる大学の職員寮(対象は看護師さんがメイン)500室のうち半数の250室に採用されています。看護師さんの中には働き始めてから、片頭痛が悪化してしまう人が結構いるので。
大内
看護師さんは、夜勤などもある大変なお仕事ですものね。
辰元
サーカディアンリズム、1日の中でのリズムを崩してしまうことが影響しているのです。光で頭痛を緩和する、という取り組みをはじめたころに、住宅メーカーなどに相談に行きましたが、「明るくてクレームになることはないが、暗いとクレームになります」と言われて、理解していただけませんでした。片頭痛は若い女性に多い病気なのですが、メーカーの担当の方は男性が多いというのもあるかも知れません。そういった経験から、自分で実証実験してみたり、実例を作ったりして、もっと広く多くの方に光と片頭痛のことやActive Care®について、わかってもらえるよう日々取り組んでいます。
大内
いろいろな分野で、今、光は注目されていますよね。
辰元
サーカディアンリズムとか、ブルーライトとか、LEDとか、色々なトピックがありますね。私もサーカディアンリズムの問題とか、いわゆるブルーライト(短波長の光)の影響を検証する実験を始めています。赤や緑の光に比べて、青はやはりまぶしいと感じやすいのです。自分でも実験のためにブルーライトを長時間見た後に、気分が悪くなったことがあります。片頭痛持ちではないのですが気持ちが悪くなって、2~3時間起き上がれませんでした。他には、医学生の教育で病気の診断プロセスを理解させるためにマインドマップというツールを使ったり、木材をふんだんに使った部屋(ウッド環境)での学習効果を調査したりと、「未知との遭遇」みたいな感じで、いろいろなことをわくわくしながらやっています。
大内
それなら勉強も楽しそうですね。今後のご活躍にも期待しています!


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インタビューア:大内啓子(おおうちひろこ)
一般財団法人日本色彩研究所
研究第一部主任研究員 人間工学担当。
視環境の整備やユニバーサルデザイン等に関する調査研究・ソリューション開発に従事。


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