刊行物・成果物

コラム

日本人間工学会が毎月発行している学会ニュースレターに掲載したコラムです。
(担当はその当時です)

Vol.27 2021年10月

内野英治(中国・四国支部長)

オンライン会議で欠けている何かの情報
コロナ禍の今、オンライン会議への参加機会が非常に増えています。ワンクリックで参加できるのは、大変便利ではありますが、対面の会議とは何となく違った違和感、独特の疲労感に悩まされているのは私だけでしょうか。
通信回線を通して相手の声、相手の顔は受信できるのですが、対面で話す場合とは心理的に何かが違う。通信回線の伝送容量のための情報欠損では簡単には済まされない何かがある。ちょっと込み入った内容の会議となると、微妙なニュアンスが分からず、お互いの意思疎通が図れない、相手を理解しようとして疲れる、対面では、声でもなく、表情でもなく、その場の空間を共にすることで伝わってくる何かの情報があり、それらの情報により無意識にお互いを感じ、同期しながら会話をしていたのだと実感させられます。犬はご主人様が歩く時に発せられる電磁波を感じ、ご主人様が玄関のドアを開ける前にそわそわし始めると言います。もしかしたら、我々も対面での会話中に五感を超えた何らかの情報を感じ取っているのかも知れません。捉え難いが、確かに存在している、その未知で重要な情報を如何に計測し伝えるか、これが今後の通信技術の課題であると考えます。単なる音声、画像だけでなく、その場に存在する情報をいかに捉え、いかに相手に伝えるか、隔てのない一体感をいかに具現させるか、バーチャルをいかにリアルに近づけるか、そこに人間工学の出番があると信じます。
疲労の物理的原因の一つは音声でした。音響システムの改善であまり疲れなくなりましたが、やはり通信回線を通しての情報は対面とは違います。


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Vol.26 2021年9月

三林洋介(人間工学戦略ロードマップ検討委員長)

学びの様式変化を考える
 コロナ禍の中、今年度前期授業の多くはオンライン授業でした。昨年までは、実験、実習、演習を多く含む工学部の授業は対面授業でなければ立ちゆかないと思っていましたが、今ではそれも一昔前のことのようです。芸術学部の合唱、コーラスの授業ですらオンラインを駆使して実技を熟しているほどであります。当方の講義も対面授業を少しずつ再開していますが未だ通学にリスクを伴う学生のために講義室で対面授業を行いながらオンラインでライブ配信も行
う、いわゆるハイブリッド授業を展開しています。勿論、授業内容と方法には、様々な工夫と変革がもたらされています。大学へ来て特別講義をお願いしていた実務家の方もオンラインであれば仕事の合間に顔を出してもらえることができて負担軽減になりますし、狭い教室にすしづめ状態の講義では実現し得なかったグループワークもオンラインではブレイクルームをいくつも設置することによって有効なワークが実現出来ています。手を挙げて発言しにくい講義もチャットを通した意見収集とこれらの開示と情報共有によって教員と学生の双方向にコミュニケーションがとれ学生の主体的授業参画が実現しています。このように大学の学びの様式はこの2年間で劇的に変化しました。
 江戸時代の教育機関として庶民に広く栄えた寺子屋教育にはじまり明治政府により敷かれた学制教育と、皆で同じことを学ぶ集団一斉講義教育への転換以来、我が国の教育方法は長きにわたり変化がみられませんでした。昨今の主体的、対話的な学び方であるアクティブラーニングをはじめ、新しい学びのスタイルが多様化するなかで、教育様式も新たに変革する時代がきているのかもしれません。ヘーゲルの事物ラセン的発展の法則を当てはめて考えてみても、寺子屋教育に舞い戻ってのアクティブラーニングも考えられます。こうした中で人間工学的視点を取り入れながら教育様式を眺めてみるのも面白いのではないでしょうか。


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Vol.25 2021年8月

中川千鶴(総務担当)

最近、「働きがいとは何だろう?」と考えてしまいます。SDGsの8番目の目標は、「働きがいも経済成長も」です。他の目標のほとんどは、目標へのベクトルが一方向でシンプルですが、この8番目の目標は、「両立」を目指す点が特徴的です。両立を目指す目標は他にもあります。12番目の「つくる責任 つかう責任」です。人間工学的デザインが不可欠なこの目標に対し、「捨てない」を前提とするサーキュラーエコノミーなど、すでに海外では活発な取り組みが進んでいます。
 しかし、8番目の目標はどうでしょうか。「経済成長」を社会が重視しているのは明らかですが、「働きがい」も同等に重視する方向に、果たして向かっているでしょうか。
 自動化・省人化、AIを含むシステムの高度化が進む時代の流れの中で、難しいことを克服し自己の成長を喜びとする人間特性は、正しく配慮され、守られているのだろうか。いつの間にか、人間の不得手を助けるシステム開発から、AIやシステムが不得意なところを人間が補助する逆転が起こってはいないだろうか、これで良いのか、人間工学は人とシステムの幸せな関係を目指せているのか…。
 そんなことを、新型コロナで旅客数が激減し、運転のワンマン化・自動化待ったなしの鉄道業界の一員として、考えてしまいます。経済成長も、働く人の幸せも、その両方を満たす答えが、今、求められています。


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Vol.24 2021年7月

小谷賢太郎(国際協力委員長)

みなさんは社会の変化をどのように体感しておられるでしょうか。こどものころ、大阪で万国博覧会があり、月の石を目の前で見たり、テレビ電話を体験したりした私は21世紀には地球は公害にあふれ、人類は宇宙を快適に移動して、月にも住めるようになっているだろうと確信していました。ところがそのような社会にはならず、当時の予想より社会の変化はゆるやかだったのかなと感じています。変化のベクトルが違っただけなのかもしれませんが。
 ところが、最近では社会は自分の予想を超える大きな変化をしているようです。まだまだ先のことかなと思っていた気象変動や宇宙開発、新技術がどんどん現れることに驚かされます。あっという間にCOVID19が社会問題となり、世界中の人々がマスクをつけ、新しい技術で創られたワクチンが現れ、それをすでに自分自身の体内に取り込んでいる。いい意味でも悪い意味でも先が見えない社会を生きているなと感じています。
 人間工学という学問領域は、その変化はこれまでとても緩やかであったと思います。初めて大学で人間工学の授業担当を上司から引き継いだのは20年以上前になります。私はそのころ、人間工学会の関東支部でまとめられた人間工学教育カリキュラム資料を参考にさせて頂きました。その内容に新しい知識を加えつつも、現在でもそのベースとなるものはほとんど変化していません。ところが、最近になって人間工学にも変化が現れてきたと体感しています。人間工学のコア・コンピテンシーとはどうあるべきか、IEAで議論の対象となっています。私は自分自身を「人間工学の研究者です」とラベリングしてきましたが、それは実際何なのかというと答えに詰まることがあります。自分の中で人間工学をうまく消化するようにして、社会の変化に対応しないといけないのかもしれません。みなさんの中で人間工学は社会とともに変化しているのでしょうか。


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Vol.23 2021年6月

本多 薫(東北支部長)

考古学と人間工学
2004年の夏、同僚教員(アンデス考古学者)が私の研究室を訪れ、「ナスカの地上絵」に関する研究チームを立ち上げるので、メンバーに加わって欲しいと言って来られた。話を伺うと、ナスカ台地のどこにどれだけの数があるのか、その制作目的は不明であることや、近年住民が畑や住居を作り、地上絵の破壊が進んでいるとのことだった。メンバーへの参加は、軽い気持ちで引き受けたが、16年間もナスカの地上絵研究に関わることになるとは夢にも思わなかった。地上絵には、動物の図柄以外にも、植物や幾何学図形、直線などが数多く描かれている。その中でも、最も多く描かれているのが「直線の地上絵」である。直線の地上絵の制作目的に関しては、冬至などの暦、巡礼路、地下水脈を示すなどの諸説があったが、その後、本研究チームの研究から、主な直線の地上絵は、“道”として制作されたとの説が有力となっている。
そこで、当時の人々が歩くために道を建設して利用したのであれば、人間工学の視点で考えれば、「楽に安全に確実に目的地に行くことができる」の要件を満たしているのではないかと仮説を立てた。仮説に基づき直線の地上絵を4か所取り上げて、ペルー人の被験者に心拍計を装着し、GPSロガーを持たせ、歩行行動をビデオカメラで記録する歩行実験を行った。考古学では、遺跡を発掘して得られた石器・土器の遺物や建物跡などから、過去の人間の営みを知る手法が一般的だが、人間工学の手法でナスカの地上絵の制作目的を明らかにする試みは、考古学者にも受け入れられている。


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Vol.21 2021年5月

鴻巣 努(副表彰委員長)

新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、大学教育にも大きな変革が求められています。安全を確保しながら、いかに学生同士のコミュニケーションを実現するかが重要な課題となっています。双方向性を確保することが難しいと考えらえてきたオンデマンド型の授業にも、コミュニケーションを図るための提案が数多くみられるようになってきました。提出された課題に対してできるだけ早くフィードバック動画を配信する、ライブによる質疑応答の時間を設ける、アンケートツールを利用し学生の意見を公開する、時間帯を決めて掲示板を併用する等、比較的簡単に実現できそうなアイディアの中にも授業の質的改善を促すヒントがあると感じています。PBL等の同時双方向性が不可欠と考えていた場面でも、プロセスの可視化の観点ではオンラインに軍配が上がることもあり、試行錯誤を重ねています。
 本学では昨年度から90分授業を120分授業に変更しました。コロナ対応と重なったこともありこれまでの講義コンテンツの大幅な見直しをすることになりました。否応なく新しいツールを利用することになり、ツール選択に対するユーザビリティの重要性を実感しました。人間工学が果たすべき役割は日々大きくなっているように思います。


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Vol.21 2021年4月

村木里志(九州・沖縄支部長)

シニアとオンライン教室
研究・教育の一環として、地域のシニア層を対象に公開講座「アクティブライフ運動教室」を行っています。隔週で開催し、毎回20~23名ほどが参加。今年度で4年目になります。多くの参加者が毎年継続の常連で、現在の平均年齢は75歳です。教室では健康運動を中
心に、衣食住に関するミニ講義を行っています。
この1年間、緊急事態宣言や大学の方針により、教室が開講できない時期がありました。そこでオンライン(ZOOM)による教室開催に挑戦しました。ニーズ調査をすると、「是非参加したい」、「やってみたいけど、難しそう」、「私には無理・興味なし」と大きく3つの層に分かれました。まずは、前者2つの層に働きかけました。少し迷っている方には自宅までサポートしに行きました。
 実際に8名の参加があり、画面で参加者の様子が一覧できるスタイルで行いました。すると最初から大盛り上がり。初めての方でも、普段されているおしゃべりのように発言され、画面を通して、別の参加者にどんどん話しかけます。運動指導に対しても、皆と一緒にやっている感じがあり、楽しいとの感想でした。高齢になるほど、テクノロジーの受容性が下がると言われていますが、こんなに簡単に馴染めるとはと予想外でした。
 そこでこの成果をネタにして、新しい参加者を勧誘しました。ちょっと心が動いた方もいましたが、全く動かない方が多数でした。
 人間とテクノロジーの共存は人間工学の重要な課題であります。この教室を通して、シニアのテクノロジーに対する価値観は多種多様であり、それを考慮した働きかけが大事であるということを実感しました。


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Vol.20 2021年3月

笠松慶子(JES財務担当理事)

 昨年の新型コロナウィルス感染拡大からおよそ 1年が経過しました。この間、世界的に大きな変化がありました。大学では、学生の入構が禁止され、授業はオンライン、研究もままならない状況がある一方、ゆるいつながりを活用して生き生きと研究を進める学生もいました。学会のイベントもオンラインでの開催となり、いろいろな利点はありますが、終わった後、余韻に浸るまもなく画面が消えてしまうのだけは寂しさを感じたものです。企業でも在宅ワーク、出社制限など大変な状況であったことと思います。これを機に働き方の変革が進み、ワークライフバランスのとれた生活が送れる社会になることを望みます。そのためには、技術的な側面は必須ですが、意識的な側面のアップデートも必要だと思っています。働く場所にこだわらず、個人個人が働きやすい場所や環境を選べること、そのためのサポートができることが重要だと思います。DX(Digital Transformation)に注目が集まっていますが、DXのためには UX
(User eXperience)に注目し、さまざまな価値観にどう対応するかがポイントとなると考えられ、そのUXに関する知見はまさに人間工学の範疇にあるのではないでしょうか。本学会にいらっしゃる皆様の貴重な知見をどんどん社会に還元し、人間工学に対するイメージを広げられるといいなと思っています。
 ふと見たカレンダーにあった言葉、「にこにこ年と参りましょう」のように、このしばらく続くかもしれないコロナ禍を乗り越えていきましょう。


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Vol.19 2021年2月

境 薫(JES若手支援副委員長)

新型コロナウイルスが広がり自粛生活が始まって季節が一巡しました。この一年、これまで当たり前だった対面での活動の場は縮小せざるを得ず、代わりにオンライン化について多くの知見が蓄積されてきたと思います。私自身、ここ一年はオンラインツールを使ってユーザーテストやリサーチを行っており、時間や場所の制約がない利便性に助けられる一方、対面で得られる情報に比べて限られる部分があることも実感しています。長らくのリアルでの経験に比較
して、ここはオンラインでもわかる、ここは少々分かりにくい、のコツが少し掴めてきた気がします。
 少し前に、若手デザイナーから利用者の声や利用シーンに対面で触れる機会を通して、誰かのために役立つ実感をやっと得られた、モチベーションが上がった!という話を聞きました。テクノロジーの進歩は我々の体験機会を拡張し、共感性を高める方法やツールを生み出しましたが、一度のリアルが圧倒的な情報量や影響力を持っている場合もあります。製品デザインに長く関わる中で、何度も利用者の利用シーンに衝撃を受けることがありましたが、この衝撃は
開発にポジティブに効くことが多く、利用者を知る大切さを広めるよい機会にもなってきました。衝撃の大きさはオンラインでは変わるのかもしれませんが、オンラインツールの普及により、より多くの開発関係者に利用者の姿を知ってもらう機会は増やせそうです。
 不自由さばかりに目がいきがちな世情ですが、オンラインとリアル、いいとこどりで、より使いやすい製品・サービスの実現に邁進したいと思っています。


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Vol.18 2021年1月

松岡敏生(JES広報副委員長)

コーセツシ
コーセツシ(公設試)とは、地方自治体が設立した公設試験研究機関の略称で、地域の中小企業の技術的な相談窓口です。業務分野に多少の違いはありますが、全国各地にあり、地場産業、地域産業に関する試験研究を行なっています。地域の企業さんからは、試験場、とも呼ばれています。扱う分野は建前上、工業全般となっていますが、どこも豊富に人材がいるわけではなく、各分野に数名という体制で、細々と研究に取り組んでいます。
そこで、我々は全国の横の繋がりを大切にして、各分野ごとに産総研を中心にまとまり、連携しています。余所行きに言いますと、全国を水平方向に見渡し、地域の特色、アイデアを汲み取り、自らの地域との交点を見出し、業務に活用しています。平たく言うと、試験場の職員は自らの地域や地場産業を詳しく語ってしまうという特性を持ち、お互いの敷居が低く、ものすごくフラットに連携しています。
互いの連携により、機能補完しあっているのが公設試のいいところで、その一部を具体的なサービスとして提供しているのが、GPDBでもある東京都立産技研の「人間生活工学機器データベース DHuLE」(http://www.dhule.jp)です。

学会にも公設試職員は多く、個性派揃いです(みなさん、ゴメンナサイ)。広報委員会でも、公設試職員を通して地域のコトやモノを紹介していきたいと思います。皆さま、ぜひ、公設試を覗いてみてください。きっと掘り出し物が見つかりますよ!


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Vol.17 2020年12月

矢口博之 関東支部長

2020年度の関東支部大会が、12月12日、13日に東京海洋大学の村井康二大会長のもと開催されました。今大会は第50回の記念大会として様々な企画を予定しておりましたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で遠隔開催となり、東京海洋大学越中島キャンパス内での企画は、残念ながらすべてキャンセルとさせて頂きました。しかしながら、体験企画を予定しておりました重要文化財・明治丸、練習船・汐路丸につきましては、特別講演でご紹介頂きました。また企画・一般講演、卒研発表につきましても、多くの先生方にご参加を頂きました。一部不手際がありましたことをお詫びしつつ、参加された皆様、運営に当たられた皆様に心より感謝申し上げます。今大会でご講演頂いた研究の多くは制約の多いウィズコロナの中で苦心されて遂行されたものと推察致しますが、これらの研究成果が結実し、ポストコロナの社会が人間工学的により進んだ社会となることを期待しています。
一日も早く新型コロナウイルスの感染拡大が終息し、これまでと同様の対面での大会(と懇親会)が開催できることを願って止みませんが、2021年度の大会は海上・港湾・航空技術研究所の吉村健志大会長のもと遠隔での開催を前提に計画を進めることになりました。また初の遠隔開催となった今大会の教訓から、遠隔開催のメリットを活かした新しい企画や遠隔開催のデメリットを解消する運用にチャレンジしていきたいと思っています。


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Vol.16 2020年11月

加藤 麻樹   若手支援委員長

小職の愛車の走行距離はかれこれ22万キロほどに達しており,人からはもう新しくしてはどうかと言われ続けているものの,最近は大小様々な故障で入退院を繰り返す老体ながらトコトコとよく走ってくれています.さて,法人で購入した自動車は減価償却資産となるので,その耐用年数は国税庁で定義されていて,自動車の場合,車種によって4〜6年となっています(国税庁確定申告等作成コーナー, https://www.keisan.nta.go.jp/).普通自動車の車検は初回が3年,その後2年ごとに実施されるので2〜3回の車検を経て資産として償却されることになります.ただここで示されているのは年数であって,走行距離ではありません.中古車市場を見ても同じ年数の自動車なのに走行距離数が全く異なる場合もあるので,一概に年数だけで自動車の程度を判断するのは本来は困難でしょう.シミュレータなど自動車運転関連の研究においても免許取得後の年数が必ずしも運転経験を示すものではないことと似ています.自動車もドライバーも,年数のように量的にカウントできる特性と走行性能や運転技術のように質的な特性とは異なるものの,質的な評価が困難であることから,両者の緩い相関を頼りに特性について推定することしばしばと思います.
 ところで昨今の新型コロナウィルス感染防止対策として実施されている大学のオンライン授業はメディアや文部科学省からはあまりよい印象を持たれていないようですが,対面授業とオンライン授業の割合という量的にカウントできる特性と,大学生の修学効果という質的特性との関連性については,果たして自動車のような緩い相関があるのか,小職は残念ながら知りません.一方で受験を経て大学に入学したものの通学できないでいる学生の嘆きには耳を傾ける必要はあるでしょう.感染対策をとりつつ対面授業が再開されつつありますが,通学する学生の行動は量的にも質的にもカウントするのがとても難しく,どれだけ対策を施しつつ授業を実施するのが正しいのかは,今の時点では接触機会の回数と感染確率との緩い相関を頼りに推測するしかありません.次の修理箇所に思いをはせながら走り続ける小職の愛車と,コロナ禍における大学授業の走らせ方とをふと重ねて考えることがあったので紹介いたしました.読者の皆様におかれましては,くれぐれもご健康かつご安全にお過ごしください.


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Vol.15 2020年10月

山田 クリス孝介 広報委員長

世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミック(世界的な大流行)を表明(2020年5月11日)してから約5か月が経過しました。世界中で未だに猛威を振るうこの感染症により、100万人以上の尊い命が失われました。今も世界中で、医療従事者等の皆様がこの感染症と闘っています。一般市民も、他人との接触回避や外出が制限されるなど、これまでの生活とは全く異なる情況に身を置かざるを得なくなりました。今後、いつ収束するか見通しの立たない情況の中で、新しい生活様式での生活を実践していかなければなりません。
日本人間工学会では、理事会を中心とした、時事の事象について人間工学的な視点や問題提起等をコメントとしてホームページ上で公表[1]、国際人間工学連合(IEA)へ世界に先駆けてアクションプランを発信[2]、「タブレット・スマートフォンなどを用いて在宅ワーク/在宅学習を行う際に実践したい7つの人間工学ヒント」日本語版の作成[3]や、ワーク・アーゴノミクス研究部会による「在宅ワーク/在宅学習実施時のFAQ」の作成[4]など、これまでの研究知見等を活かした社会発信に努めています。個人としても、実学としての人間工学が社会に貢献するためにはどうすればいいのか?を改めて考え、実行に移していきたいと思います。学会員の皆様も社会へ向けて様々なアクションを起こしていらっしゃるかと思います。是非、事務局などへお知らせいただき、共にこの困難な情況を乗り越えていきましょう。
[1] https://www.ergonomics.jp/product/jesmsg.html
[2] https://iea.cc/jes-publishes-tips-for-working-at-home/
[3] https://www.ergonomics.jp/product/report.html
[4] https://www.ergonomics.jp/usertype/company/11771.html


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Vol.14 2020年9月

平沢 尚毅 北海道支部長

1965年にDavid Meisterらによってシステム設計とヒューマンファクターズ(Human Factors Evaluation in System Design)(渡邊、中井監訳)が発行された。この本を1980年代に横溝研究室で手に取った時は本当に驚いた。20年近く前にNASAの宇宙計画のような大規模プロジェクト全般に人間工学が関わっていたからである。自分が学んできた人間工学の働きの可能性に希望を感じたものである。
本来、システムの大小にかかわらず、システムの青写真は、技術システムのアーキテクチャを構想するだけではなく、実際のシステムがどのように利用され、どういう影響を与えるのか、その運用の
姿こそ本来のものであろう。そのためには、人間とシステムとの個々のタッチポイントだけでなく、その総体を構想することが必要になる。ある意味で、システムを構築する前のプロデューサ的な役割もあるように思う。DX革命が標榜され、我が国の成長戦略においてSociety 5.0が提言されている中では求められる役割である。
高度経済成長を経て、商品開発、製造、流通、交通、医療などの現場で人間工学がはたしてきた実績は大きいのに対して、現在の人間工学はICT革命の潮流とは必ずしも歩調が合うようにUpdateされていないと思われる。
今後、情報工学系の学部において、人間工学に基づいた新しいカリキュラム、新しいコース、副専攻の形が生まれてくることを期待している。


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Vol.13 2020年8月

易 強 企業活動推進委員会

お盆休みを明けたところ、猛暑はまだ続いています。例年に比べて、コロナの影響で外出を控える傾向にあり、体が未だに暑さに慣れていない感が強いこの頃です。また、これまでの台風や地震などのような物理的な自然災害を受けてきた社会生活と違って、一種の生物災害(バイオハザード)による世界規模な災害は、現存する人々に与える影響はまだ計り知れないのではないでしょうか。
特に今後の生活様式に大きな変化をもたらす予感がします。新しい生活様式を模索しながら、それに似合う【モノ・コト】を追い求めるニーズがたくさん生まれてくる可能性があります。【モノ・コト】づくりと密接する学問である人間工学は活躍する機会が多くなることを期待しています。身近の話で、マスクができない赤ちゃんのために、静岡市の企業も含めて、様々な乳幼児用フェースシールドをすぐさまに製品化したというニュースを聞くと心が和みます。また、最近、地元の企業の技術相談や打合せ、研究発表会などでweb会議システムをいくつか利用してきました。数年前にあった音声や映像の遅延による違和感がほとんどなくなり、かなり快適になり、改めて技術・インフラの進化を実感しました。
そんな中、1つ不満があります:本会議の前後に、対面会議のように会議参加者の中の特定の人に気軽に声をかけたり、名刺交換したりすることができない(私が知らないだけ?)。もしかして、今後この分野のアプリのユーザビリティ研究がより盛んになり、さらなる進化を見せてくれるかもしれません。そして、私が担当している企業活動推進委員会も今後このツールを活用していこうと思います。


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Vol.12 2020年7月

石橋基範 総務担当

大学に転職して7年目になりました。
当然のように「人間工学」の科目を担当していますが、学生から時々、「身近なモノが人間のことをよく考えて作られていると知って驚いた」「世の中を見る目つきが変わった」といった授業感想をいただくことがあります。そうすると、知識はもとより「気づき」「好奇心」を学生に提供できたかなと嬉しくなります。
身近なモノであるクルマの世界では、今や人間工学は「なくてはならない」分野に成長してきました。米国自動車技術会が1950年代に人体寸法データを収集し、パーセンタイル値を公表したことで、レイアウト設計への活用が始まりました。また、クルマの機能(カーナビやシート等)・性能が人間の特性に適合しているか評価するために、あるいは適合させる方策を得るためにも人間工学は活用されてきました。ロータリー・エンジンを世に送り出した故・山本健一氏(元マツダ会長)は1986年に「感性工学」の重要性を説き、注目を集めました。しかし、私が就職してクルマの人間工学研究に従事し始めた頃、人間工学はまだまだマイナーな存在で、例えば自動車技術ハンドブックの中に「人間工学編」の独立分野ができるなんて夢にも思いませんでした。
そして現在、CASEという変革に直面しています。CASEにおいて、ドライバの認知・判断・操作の特性を知ることや、助手席や後席、はたまたクルマから離れた場まで含めてContext of useを考えてユーザを知ることは、クルマ作りの上で当然のように重要な意味を持つと思います。V字開発の「出口」で評価・改善により人間工学が貢献することはもちろん大事ですが、大きな変革を迎えた今、「作ってみないと分からない」では時間のロスが大きすぎるでしょう。「作る前から人間のことが分かっている、考えている」こと、つまりV字の「入口」に重きを置くことが、世に新たに出てくるCASEの価値の訴求につながると思われます。フロント・ローディングは別に珍しいものではありませんが、今、クルマの人間工学で改めて重要性が認識されます。そして、それに対応すべく、人間工学の実験手法やデータ解析手法から見直していかねばなりません。クルマの諸特性を変えたときに人の反応の変化が分かるよう、IN/OUTの関係を回帰モデルや伝達関数等で記述することが貢献の近道となり、それができる実験手法を採り入れることも必要でしょう。また、「クルマを使うユーザ」を知るために行動観察や評価グリッド法等の定性的な手法がもっと活用されてもよいのではないかとも思われます。
昔も今も「人間のことをよく考えて作る」という取り組みは同じでも、方法論は時代とともに変わっていくものだなぁと思います。ちょっとお堅いコラムとなってしまいましたが、これを書きながら、人間工学の「これまでの貢献」「これからの貢献」
をきちんと考えながら歩みを進めていかないと…、と感じた次第です。


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Vol.11 2020年6月

辛島光彦 財務担当

世界の新型コロナウイルスの感染状況はまだまだ厳しい状況にありますが、日本では先日に東京アラートも解除され、感染状況は小康状態に入っているように見えます。半年間近くに渡り我々の健康を支え、生活を支えるためにコロナウイルスと戦ってくださっているエッセンシャルワーカーの皆様には改めて感謝申し上げます。
現在、世界、日本を問わずあらゆる分野でwithコロナ、afterコロナの新しい生活様式の模索がされつつあります。その一例としてテレワーク(在宅ワーク)の活用、定着が挙げられています。テレワークは非常事態宣言期間に窮余の策として各企業において取り入れられた感が強かったですが、思った以上に社会で上手く機能したようで、副産物として同じWeb会議システムを活用した「オンライン飲み会」という新たなスタイルも生まれました。ただ窮余の策ですから、テレワークや在宅ワークがもたらす職業性ストレスの増大や、生活様式の変化に伴う日常生活ストレスの増大など、その活用、定着には考慮すべき問題も多く存在しそうです。模索されている様々な新しい生活様式の幅広さを考えると、そこに内在する問題を顕在化したり、その問題に対処するための知見や提言、ガイドラインを提供することは、学際的分野である。
まさに人間工学の使命だと思います。
日本人間工学会では既に新しい生活様式のために「タブレット・スマートフォンなどを用いて在宅ワーク/在宅学習を行う際に実践したい7つの人間工学ヒント」を世界に向けて発信しています。今後も学会員の皆さんでwithコロナ、afterコロナの新しい生活様式のために人間工学からの知見や提言、ガイドラインを提供していければと思っております。


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Vol.10 2020年5月

藤田祐志 IEA担当

心に残る呟き「人間工学はものづくり」
私は人間工学の専門教育を受けたことがありません.プラズマ物理を勉強しました.原子力発電のエンジニアリング会社に就職して間もなく米国の原子力発電所で事故が起きました.これが契機で原子力発電所の中央制御室の開発に携わることになりました.制御室より,そこで働く人間に興味をもつまで時間はかかりませんでした.そして,慶應義塾大学の林喜男先生に教えを請うたのです(元日本人間工学会長).懐かしく思い出されるのは先生の呟きです.中でも「人間工学はものづくり」は新鮮である反面,エンジニアの私には得心できない呟きでした.いまはIEAが人間工学の定義で「システムにおける人間と他の要素とのインタラクションを理解するための科学的学問であり、(中略) 理論・原則・データ・手法をデザイン(設計)に応用する専門領域である.」としている意味がよくわかります.科学的研究と設計行為は車の両輪です.ひとりでは難しいでしょうが,何人もの人で両輪をつなげなければなりません.両輪がつながったとき,人間工学は真に力を発揮し,より評価される技術になります.いまから40年近くまえに,林喜男先生はこのことを教えてくださっていたのです.理解になんと時間がかかったことか… 私の心の中の先生は,今もずーっと先を歩いていらっしゃいます.

*林喜男(1925年〜2014年)
第4代日本人間工学会長(1995年〜1998年)


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Vol.9 2020年4月

大内啓子 財務担当

新型コロナウイルスの世界的な蔓延により罹患された方々、その他様々な影響をお受けになられているご関係者の皆様に心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早いご快復をお祈り申し上げます。新型コロナウイルスの感染拡大により、時差通勤やテレワークを行っている方々も多くいらっしゃると思います。現在、私もコロナの影響で基本テレワークになりましたが、通勤が無くなったことなどにより、恥ずかしながら運動不足を実感しております。これではいけないと時折屈伸運動を行ったりもするのですが、なかなかに。一日中画面と向き合い、黙々と仕事をする毎日は、健康的であるはずがありません。
さて、私が小さい頃、家には休息用の椅子、仕事用の椅子、座椅子など様々な用途に応じた椅子が置かれていました。「格好いいだけではだめ。機能的で疲れにくい、自分の身体や作業内容にあった椅子・机が必要」というのが父の口癖でした。もう半世紀くらい前のことですが、物心がついたときには私にとって人間工学はとても身近な存在だったのです。しかし、大学に入り多くの先生方とお話をする中で、「人間工学は、一般の人にはあまり知られていない」ということを耳にする機会が多々あり、私は驚きを隠せませんでした。確かに、当時は「人間工学に基づいた・・」を売りにしているモノはあまり見かけることがなかったのです。これではいけないと。人間工学の重要性・有用性をもっと世の中の人に知ってもらわないと。その気持ちは今もかわりません。その点から言うと、Good Practice Data Base(GPDB)はとても重要な役割を果たしている、素晴らしい取り組みであると思っています。さらに、今回の新型コロナウイルスの対応についても、健康・安全・快適という側面において、人間工学が果たす役割は非常に大きいと思います。広報委員会ではGPDBに特別サイトとして、「GPDBCOVID-19対応特別編―新型コロナウイルス(COVID-19)に関わる取り組み-」を立ち上げます。人間工学の重要性をさらに広く一般の方々に知っていただき、また活用していただくことで、健康で快適・安全な社会を築いていけたらと思っています


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Vol.8 2020年3月

下村義弘 副理事長

新型コロナウイルスが猛威を振るい、世界中を混乱の渦に巻き込んでいます。亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、不運にも感染された方々の一刻も早いご快復をお祈り申し上げます。
マスクや手洗いといったプリコーションは当たり前のように行われていますが、粘膜へのウイルスの付着を防いでいるという実感はあるのでしょうか。少なくとも私自身はマスクでウイルスを防ぐというよりは、湿熱によって口や鼻、のどの粘膜が潤ったために調子がよい、ということしか実感できません。手洗いは、汗や皮脂、そのほかの汚れが落ちてさっぱりした、ということしか実感できません。結果的にウイルスの侵入を防いでいた、ということになるのでしょう。人間は常に、外界からの刺激に対する感覚や、自身の内蔵感覚の情報に基づいて身体のコントロールを自動的に行っています。自分自身の状態には後になってから気がつくということが、近年の脳科学から明らかになっています。身体がウイルスという外敵の侵入によって不調になったとしても、意識の上で実感できるのはだいぶ後になってからです。
科学が発達する前は細菌やウイルスという概念もなく、まさに見えない敵と、実感という武器をもって戦うしかありませんでした。しかし今の私たちには、科学があります。子供たちは教育によって科学を手にし、身体内部で起こっていることと生活行為との関係を理解し、見えない敵と戦うことができるようになります。人間工学は、“科学”と“実感”をつなぐことができる学問領域かもしれません。ウイルスや自然災害、人的災害のニュースが絶え間なく流れてくる今、科学の力と実感する能力を人類がうまく使いこなし、人間生活がより安全で安心なものになることを、一人間工学者として願うばかりです。(2020年3月5日)


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Vol.7 2020年2月

申 紅仙 若手支援委員長

[公認心理師カリキュラムと人間工学]
心理学科の中で「人間工学」をどう維持するべきか。隔年開講か、他領域との統合か。はたまた閉講か。もちろん閉講する気は毛頭ないが、開講形式はここ数年悩んでいる。その原因は臨床心理士と公認心理師資格受験のためのカリキュラムであり、他の領域が押され
気味であるからだ。特に公認心理師は国家資格であり、指定科目が25科目と多く、新規開講が必要な科目もある。授業の質も担保したい。だから専門家を非常勤講師として招きたいが、取り合いで非常勤講師確保が難しく、専任教員の担当科目数は増加するばかりだ。そのため学科では新規科目も従来科目も維持できるように、隔年開講か統合か、科目編成案をずっと議論してきた。他方、心理学のゆるやかな関係性を保ってきた広範林立領域が、今後は公認心理師対応科目を基準に強制的に統廃合されてしまう可能性も懸念している。たとえば「知覚・認知心理学」「社会・集団・家族心理学」などは、これから学ぶ学生にとって一つの領域に見えてしまうからだ。科目指定から外れた領域の優先順位もあからさまに低くなりつつある。公認心理師対応科目に指定されることが各領域の存在意義フィルタリングとなりつつある。正直息苦しい。心理学領域の多様性が崩れ始めている。警鐘を鳴らしたい。心理学はここ20年、臨床心理士、公認心理師と、振り回され続けてきた。このような流れの中で、心理学科でけっして中心とは言えない「人間工学」が議論対象になるのも自然な流れだ。筆者の出身校にも本務校にも、「人間工学」は「環境心理学」「産業・組織心理学」とともにあり続けてきた。本務校ではすべて筆者が担当している。負担増でも、当面は維持していきたいと思っている。
「心理学科での「人間工学」をどう維持するべきか。」冒頭の問いに戻る。議論したいことは、開講形式でも負担の話でもない。本当はどのような授業をしていくべきかを議論したいというのが切実な悩みだ。長年の忙殺により、授業内容や質の向上を考える時間、(ゆかいな)研究者仲間との議論する時間、キーワード共有など、とにかくじっくり考える時間が欲しい。人間工学の扱う領域は広がりを見せており、一人でカバーすることは無理であると痛感している。若手研究者のキャリア・研究サポートも必要だ。学会の存在がこのような思いを受け止められる場であることを今後も意識していきたい。


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Vol.6 2020年1月

中西美和 総務担当

2020年、あけましておめでとうございます。今年は何といっても、東京で(というより我が国で)スポーツの祭典、オリンピック・パラリンピックが開催される年。活力のある賑やかな一年になりそうで、始まりから心躍ります。オリンピック・パラリンピックの競技には、屋内外含めて陸の競技と水の競技がありますが、スポーツ競技全体には空の競技ももちろん存在します。先日、機会あって、妻沼(埼玉県熊谷市)にある日本学生航空連盟の滑空場にお邪魔してきました。ここは、いわゆる「航空部」に所属する各大学の学生たちのグライダー飛行の練習場で、その日も、複数の大学の学生たちが、早朝から熱心に飛行訓練や機体整備に取り組んでいました。細長い翼と小さなキャビンの機体を間近で見るとそれはそれはカッコよく、それだけでも見学のかいがあったと思えたものですが、せっかくなのでヒューマンファクターの視点から、3つほど学生たちの姿に学んだことを記しておきます。一つ目は、学生である彼ら一人一人にも確かにエアマンシップが備わっていたこと。基本的な安全のための行為、例えば、指差し確認から指示の復唱まで、それらの作法を実践していたこと。
もっと言うと、イキイキと実践していたこと。二つ目は、これは慶応航空部の学生から聞いた話ですが、「僕たち上級生は1年生部員が素人の視点で感じた安全に関する疑問を積極的に聞き取る時間を持ちます。そしてそれについては、一切否定しないで聞くというルールがあります。」と。言わんとすることは伝わると思いますが、常にフレッシュな視点でハザードを探そうとする場を自分たちで持っていること。三つ目は、彼らは明確に「活動のための安全」を意識しているということ。妻沼の滑空場では、複数の大学が同じ滑走路を使用して順繰りにグライダーを飛ばしており、彼ら一人一人が声を掛け合い、規律を守り、周りの状況を見ながらきびきびと動くことは、暗くなるまでの限られた練習時間の中で1回でもたくさんの飛行を可能にすることに繋がります。「飛びたいからミスなく円滑に動く」という目的を皆で共有しているということ。
さて、見学に行って、文字通り、見ただけか、というと…。関西出張ですらできれば空路で行きたいと思っているほど空派の私でも、さすがに動力のないヒコーキに乗るのは躊躇されるところもあり、当初は「見るだけ見るだけ」と思っていましたが、ペンマークのキャップとつなぎの頼もしそうな慶応生が、同意書片手に「重心計算のために、失礼ですが、体重をお聞きしてもよろしいですか。」と駆け寄ってきて、適切な説明と安全確認の後、複座の機体に同乗させてもらって初めてのグライダー飛行を体験してきました。空しか見えない離陸中の視界、滑空中の風切り音…、とても言葉では表現できない爽快さで、魅了される学生たちの気持ちがよくわかりました。乗らなくても、傍らの草地で心地よい風に吹かれながら、悠々と空を行くグライダーの様子を眺めるのもまた楽しいものです。乗るも見るも含めて、ヒコーキっていいね、かっこいいね、気持ちいいね、と、より多くの人々が憧れを抱き思いを馳せることができるよう、競技飛行のグライダーから旅客を運ぶ大型機まで、空の安全が「心おきなく空を楽しむための安全」として発展していくことを、心から願っています。


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Vol.5 2019年12月

岡田明 企画担当

仕事を終え,寒風吹きすさぶ中をようやく我が家にたどり着くと温かい鍋が待っている。それをつつきながら酒を一杯飲み干す快さがたまらない季節が巡ってきました。もちろん快さは人それぞれに違いますが,快適さを求めることは人に共通する願望です。
人間工学でも快適な環境,快適に使うためのモノやシステムづくりを追求し,多くの成果をあげてきました。しかし,本当の意味での快適性を提供してきたのか,疑問に思うこともあります。たとえば,エアコンの発達により少なくとも不快な気候環境をなくせるようになりましたが,昔のように一吹きのそよ風がこの上ない心地よさと喜びを与えてくれる体験はなくなりました。いわゆる快適な状態に身を置くことが必ずしも快適な感覚を生むわけではありません。快適ではない状態から快適な状態へと相対的に変化した時に,しかもその落差が大きければ大きいほどより強い快適感が生じます。不快感についても然りです。また,快適な状態が長く続けばやがて快適であるという感覚も失せてしまいます。
快適であるということはストレスが少ない状態といい換えることができます。ストレスがあるとは,外界から来る刺激や負荷に対して心身が抵抗反応している状態です。したがって,その時の心身の抵抗力は一時的に高まり,その繰り返しや継続がやがて心身機能の向上へと繋がることもあります。私たちが今日丈夫な心身を獲得できたのも,病気にならない程度の適度なストレスがあったおかげといえるかもしれません。逆にストレスが弱まれば心身の抵抗力を強くする必要性はなくなります。その視点から改めて考えてみると,これまでの快適性追求の多くは,ストレスの少なくなる条件の探索に終始していたように思えます。さらにそうした快適な状態が長期化すれば,心身の抵抗力を維持し続けられるかが懸念されます。そうなると,快適性を追求することが結果的に不快さを増大させるという矛盾にも陥りかねません。これは特に超高齢社会への対応や子どもの健全な成長を考える上での問題にも繋がります。
快適さを得たいが心身の抵抗力は低下させたくない,こうした相反する要求に応えるためには快適さを可能にするモノや環境だけでなく,その“使い方のデザイン”も考えていく必要があります。より長期的な視点から快さやそれに伴う喜びを体験できる使い方を,人間工学でももっと考えてよいのではないでしょうか。そんなことを,鍋をつつきながらほろ酔い気分の中でふと思う次第です。


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Vol.4 2019年11月

鳥居塚崇 国際協力委員長

先日ACED(Asian Council of Ergonomics and Design)の評議会でインドのパンジャブ州ジャランダルに行ってきました.ジャランダルはシーク教の総本山のあるアムリトサルから約80km東に位置します.インドではさまざまなことに気付かされました.アムリトサルからジャランダルまではタクシーで移動したのですが,道路の真ん中を牛が歩いていたり,堂々と逆走している車が多かったり,道路には車線が引かれているものの多くの車はほとんど車線を守っていなかったり…しかし,それでもほとんど事故を見かけませんでしたし,また私がインドで接した方々からも事故経験の話は聞きませんでした.それらに驚く半面,私たちはどれだけマネジメントされた社会で生活しているかをひしひしと感じました.私が訪ねた地域が北西部のパンジャブ地方ということもその一因なのか,インフラがあまり整っているとはいえず,また交通ルールも十分に守られているとはいえず(交通ルールだけではないかもしれないですが),常にリスクに囲まれた中で生活しているような印象を受けました.そこで生活している人たちは恐らく,リスクに満ち溢れた中で上手くやっていくための嗅覚が発達しているのでしょう.一方の私たちの社会に眼を向けてみると,インフラはインドとは比べられないほど整っており,また私たちは多くのルールや仕組みに守られています.しかし,私たちを取り囲んでいる複雑な社会・技術システムは時には手に負えなくなることを私たちはたびたび思い知らされますし(先の台風や洪水の被害に遭われた方々にはお見舞い申し上げます),ルールや仕組みを超越した事態に遭遇すると私たちは無力になることもたびたび思い知らされます.つまり私たちは複雑なシステムやルールに守られている半面,危険源になり得るものすべてに対策を講じることが困難であるばかりでなく,いろいろな要素が複雑に絡み合っていてそもそも何が「源」か判らない状態になっているのでしょう.このように考えると,インドのそれとは質は異なりますが,私たちも常にリスクに囲まれた中で生活していると考えてもいいのかもしれません.だとすると,私たちにとって重要なのはリスクに満ち溢れる中で上手くやっていくための嗅覚を養うこと…人間工学(Human Factors and Ergonomics)はますます重要になりそうです.


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Vol.3 2019年10月

赤松幹之 編集委員長

ミシュランというとレストランガイドだと思っている人が多いかもしれないが、実際には自動車によるドライブのバイブルである。30年ほど前にカーナビのHMIの研究を始めたのだが、運転支援のあり方を考えるためにその歴史を調べ始めた。ミシュランガイドは1900年に初版が出されたが、さすがにこの初版は入手困難で、最近のオークションでは200万円超の値がついている。しかし、復刻品は入手でき、それを眺めていると当時の自動車の使われ方が良く分かる。主な街ごとに、宿泊施設と自動車修理工場、ガソリンの入手箇所、電報局などである。ホテルの設備の項目の中に写真の暗室の有無というものがあり、同時の裕福な自動車所有者がドライブに行って写真を撮ることを趣味としていたことが伺える。さらにその当時を窺わせてくれるのがガソリンの入手箇所である。この頃はまだ独立したガソリンスタンドはなく、修理工場でガソリンが売られていた。ベンジンも使えたので雑貨屋さんでも入手できた。そしてフランスらしいのは、画材店でも入手できたことである。これは油絵の具の薄め液である揮発性油(ペトロール)が使えたからである。ちなみに、ミシュランガイドにレストランガイドが掲載されるようになったのが、1926年であり、この時はレストランのカテゴリは高級かどうかで分かれていた。現在のように星付きになったのが1931年であり、1936年には、3つ星とはそこをドライブの目的地するほどの価値があることを示しており、2つ星はドライブの途中で寄り道をしてでも立ち寄る価値があることと決められた。ミシュランガイドはタイヤを消耗させて販売を伸ばすためにできたと言われることもあるが、ミシュランはガイドブック、地図(1905年〜)だけでなく、街の看板の整備(1910年〜)、目的地までの経路案内サービス(1910年〜)そして道路標識(1926年〜)も行い、壮大なビジョンを持って自動車によるモビリティを支えてきたのである。


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Vol.2 2019年09月

松田文子 広報委員長

まず初めに、この度の台風15号の影響により被害に遭われた会員の皆様にお見舞い申し上げます。まだ、地域によっては停電や断水が続くなど、不便な生活を強いられていることと思います。身近なものを使った工夫、安全や健康への配慮、情報の適切な伝達など、人間工学の知見が活きる場面もあろうかと思います。一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。
さて、今回のコラムでは、自分自身の経験を書きたいと思います。先日、ある航空関係の講演会で、参加者の方から「若いころから人間工学に興味があったのですか」という質問を受けました。振り返ってみると、高校時代、世の中の多くの事象は文系理系で分かれているわけではないないのに、大学入試・学部のほとんどは文系理系に分かれていることに違和感があり、そこから発展していわゆる学際領域に興味もったことを思い出しました。「人間」が好き、「現実的なこと」が好きで、工学系の中でも人を相手にする学問であり、実学でもある「人間工学」に惹かれて大学を受験し、現在に至ります。どうやら、思い描いていた世界に飛び込めたようです。みなさまは、どのようなきかっけで人間工学と出会いましたか?是非、会員の皆様のお話もお聞きできたらと思います。


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Vol.1 2019年08月

吉武良治 理事長

第6期理事長の吉武です。2014年にスタートしたニュースレターもvol.81を迎え、本号よりコラムを掲載することになりました。学会員の皆様のコミュニケーションの場としてさらに活用していただければと思います。私からは最近、印象に残っている2つの情報を提供します。ひとつは今年の東京大学入学式での上野千鶴子氏の祝辞です。マスコミで話題となりましたのでご存知の方も多いと思いますが、現代社会の状況や多様性を尊重する大切さなどが的確に表現されています(Webサイトにて全文が掲載)。もうひとつは、書籍「ファスト&スロー」です。ノーベル経済学賞を受賞したD.カーネマン教授(心理学者)の著書で、訳本が2012年に発行されています。人間の意思決定がいかに曖昧でバイアスに影響されているか、学術的に詳らかにしています。人間工学会の会員の皆様は、人間工学的な観点での問題解決を求めている方が多いと思いますが、単に解を見つけるだけでなく、人間についてのより深い理解に基づいた課題解決を提案し、説明できることが、人間工学の特徴であることに気づかれていると思います。そしてその人間理解に関する知識や経験、事例は、異なる業種や仕事においても役にたちます。是非学会のイベント/活動にご参加いただき、情報発信してください。もしそのような場がみつからないようでしたら、遠慮なく声をかけてください。一緒に場の創出を検討していきましょう。


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