刊行物・成果物

コラム

日本人間工学会が毎月発行している学会ニュースレターに掲載したコラムです。

Vol.6 2020年1月

中西美和 総務担当

2020年、あけましておめでとうございます。今年は何といっても、東京で(というより我が国で)スポーツの祭典、オリンピック・パラリンピックが開催される年。活力のある賑やかな一年になりそうで、始まりから心躍ります。オリンピック・パラリンピックの競技には、屋内外含めて陸の競技と水の競技がありますが、スポーツ競技全体には空の競技ももちろん存在します。先日、機会あって、妻沼(埼玉県熊谷市)にある日本学生航空連盟の滑空場にお邪魔してきました。ここは、いわゆる「航空部」に所属する各大学の学生たちのグライダー飛行の練習場で、その日も、複数の大学の学生たちが、早朝から熱心に飛行訓練や機体整備に取り組んでいました。細長い翼と小さなキャビンの機体を間近で見るとそれはそれはカッコよく、それだけでも見学のかいがあったと思えたものですが、せっかくなのでヒューマンファクターの視点から、3つほど学生たちの姿に学んだことを記しておきます。一つ目は、学生である彼ら一人一人にも確かにエアマンシップが備わっていたこと。基本的な安全のための行為、例えば、指差し確認から指示の復唱まで、それらの作法を実践していたこと。
もっと言うと、イキイキと実践していたこと。二つ目は、これは慶応航空部の学生から聞いた話ですが、「僕たち上級生は1年生部員が素人の視点で感じた安全に関する疑問を積極的に聞き取る時間を持ちます。そしてそれについては、一切否定しないで聞くというルールがあります。」と。言わんとすることは伝わると思いますが、常にフレッシュな視点でハザードを探そうとする場を自分たちで持っていること。三つ目は、彼らは明確に「活動のための安全」を意識しているということ。妻沼の滑空場では、複数の大学が同じ滑走路を使用して順繰りにグライダーを飛ばしており、彼ら一人一人が声を掛け合い、規律を守り、周りの状況を見ながらきびきびと動くことは、暗くなるまでの限られた練習時間の中で1回でもたくさんの飛行を可能にすることに繋がります。「飛びたいからミスなく円滑に動く」という目的を皆で共有しているということ。
 さて、見学に行って、文字通り、見ただけか、というと…。関西出張ですらできれば空路で行きたいと思っているほど空派の私でも、さすがに動力のないヒコーキに乗るのは躊躇されるところもあり、当初は「見るだけ見るだけ」と思っていましたが、ペンマークのキャップとつなぎの頼もしそうな慶応生が、同意書片手に「重心計算のために、失礼ですが、体重をお聞きしてもよろしいですか。」と駆け寄ってきて、適切な説明と安全確認の後、複座の機体に同乗させてもらって初めてのグライダー飛行を体験してきました。空しか見えない離陸中の視界、滑空中の風切り音…、とても言葉では表現できない爽快さで、魅了される学生たちの気持ちがよくわかりました。乗らなくても、傍らの草地で心地よい風に吹かれながら、悠々と空を行くグライダーの様子を眺めるのもまた楽しいものです。乗るも見るも含めて、ヒコーキっていいね、かっこいいね、気持ちいいね、と、より多くの人々が憧れを抱き思いを馳せることができるよう、競技飛行のグライダーから旅客を運ぶ大型機まで、空の安全が「心おきなく空を楽しむための安全」として発展していくことを、心から願っています。


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Vol.5 2019年12月

岡田明 企画担当

仕事を終え,寒風吹きすさぶ中をようやく我が家にたどり着くと温かい鍋が待っている。それをつつきながら酒を一杯飲み干す快さがたまらない季節が巡ってきました。もちろん快さは人それぞれに違いますが,快適さを求めることは人に共通する願望です。
 人間工学でも快適な環境,快適に使うためのモノやシステムづくりを追求し,多くの成果をあげてきました。しかし,本当の意味での快適性を提供してきたのか,疑問に思うこともあります。たとえば,エアコンの発達により少なくとも不快な気候環境をなくせるようになりましたが,昔のように一吹きのそよ風がこの上ない心地よさと喜びを与えてくれる体験はなくなりました。いわゆる快適な状態に身を置くことが必ずしも快適な感覚を生むわけではありません。快適ではない状態から快適な状態へと相対的に変化した時に,しかもその落差が大きければ大きいほどより強い快適感が生じます。不快感についても然りです。また,快適な状態が長く続けばやがて快適であるという感覚も失せてしまいます。
 快適であるということはストレスが少ない状態といい換えることができます。ストレスがあるとは,外界から来る刺激や負荷に対して心身が抵抗反応している状態です。したがって,その時の心身の抵抗力は一時的に高まり,その繰り返しや継続がやがて心身機能の向上へと繋がることもあります。私たちが今日丈夫な心身を獲得できたのも,病気にならない程度の適度なストレスがあったおかげといえるかもしれません。逆にストレスが弱まれば心身の抵抗力を強くする必要性はなくなります。その視点から改めて考えてみると,これまでの快適性追求の多くは,ストレスの少なくなる条件の探索に終始していたように思えます。さらにそうした快適な状態が長期化すれば,心身の抵抗力を維持し続けられるかが懸念されます。そうなると,快適性を追求することが結果的に不快さを増大させるという矛盾にも陥りかねません。これは特に超高齢社会への対応や子どもの健全な成長を考える上での問題にも繋がります。
 快適さを得たいが心身の抵抗力は低下させたくない,こうした相反する要求に応えるためには快適さを可能にするモノや環境だけでなく,その“使い方のデザイン”も考えていく必要があります。より長期的な視点から快さやそれに伴う喜びを体験できる使い方を,人間工学でももっと考えてよいのではないでしょうか。そんなことを,鍋をつつきながらほろ酔い気分の中でふと思う次第です。


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Vol.4 2019年11月

鳥居塚崇 国際協力委員長

先日ACED(Asian Council of Ergonomics and Design)の評議会でインドのパンジャブ州ジャランダルに行ってきました.ジャランダルはシーク教の総本山のあるアムリトサルから約80km東に位置します.インドではさまざまなことに気付かされました.アムリトサルからジャランダルまではタクシーで移動したのですが,道路の真ん中を牛が歩いていたり,堂々と逆走している車が多かったり,道路には車線が引かれているものの多くの車はほとんど車線を守っていなかったり…しかし,それでもほとんど事故を見かけませんでしたし,また私がインドで接した方々からも事故経験の話は聞きませんでした.それらに驚く半面,私たちはどれだけマネジメントされた社会で生活しているかをひしひしと感じました.私が訪ねた地域が北西部のパンジャブ地方ということもその一因なのか,インフラがあまり整っているとはいえず,また交通ルールも十分に守られているとはいえず(交通ルールだけではないかもしれないですが),常にリスクに囲まれた中で生活しているような印象を受けました.そこで生活している人たちは恐らく,リスクに満ち溢れた中で上手くやっていくための嗅覚が発達しているのでしょう.一方の私たちの社会に眼を向けてみると,インフラはインドとは比べられないほど整っており,また私たちは多くのルールや仕組みに守られています.しかし,私たちを取り囲んでいる複雑な社会・技術システムは時には手に負えなくなることを私たちはたびたび思い知らされますし(先の台風や洪水の被害に遭われた方々にはお見舞い申し上げます),ルールや仕組みを超越した事態に遭遇すると私たちは無力になることもたびたび思い知らされます.つまり私たちは複雑なシステムやルールに守られている半面,危険源になり得るものすべてに対策を講じることが困難であるばかりでなく,いろいろな要素が複雑に絡み合っていてそもそも何が「源」か判らない状態になっているのでしょう.このように考えると,インドのそれとは質は異なりますが,私たちも常にリスクに囲まれた中で生活していると考えてもいいのかもしれません.だとすると,私たちにとって重要なのはリスクに満ち溢れる中で上手くやっていくための嗅覚を養うこと…人間工学(Human Factors and Ergonomics)はますます重要になりそうです.


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Vol.3 2019年10月

赤松幹之 編集委員長

ミシュランというとレストランガイドだと思っている人が多いかもしれないが、実際には自動車によるドライブのバイブルである。30年ほど前にカーナビのHMIの研究を始めたのだが、運転支援のあり方を考えるためにその歴史を調べ始めた。ミシュランガイドは1900年に初版が出されたが、さすがにこの初版は入手困難で、最近のオークションでは200万円超の値がついている。しかし、復刻品は入手でき、それを眺めていると当時の自動車の使われ方が良く分かる。主な街ごとに、宿泊施設と自動車修理工場、ガソリンの入手箇所、電報局などである。ホテルの設備の項目の中に写真の暗室の有無というものがあり、同時の裕福な自動車所有者がドライブに行って写真を撮ることを趣味としていたことが伺える。さらにその当時を窺わせてくれるのがガソリンの入手箇所である。この頃はまだ独立したガソリンスタンドはなく、修理工場でガソリンが売られていた。ベンジンも使えたので雑貨屋さんでも入手できた。そしてフランスらしいのは、画材店でも入手できたことである。これは油絵の具の薄め液である揮発性油(ペトロール)が使えたからである。ちなみに、ミシュランガイドにレストランガイドが掲載されるようになったのが、1926年であり、この時はレストランのカテゴリは高級かどうかで分かれていた。現在のように星付きになったのが1931年であり、1936年には、3つ星とはそこをドライブの目的地するほどの価値があることを示しており、2つ星はドライブの途中で寄り道をしてでも立ち寄る価値があることと決められた。ミシュランガイドはタイヤを消耗させて販売を伸ばすためにできたと言われることもあるが、ミシュランはガイドブック、地図(1905年〜)だけでなく、街の看板の整備(1910年〜)、目的地までの経路案内サービス(1910年〜)そして道路標識(1926年〜)も行い、壮大なビジョンを持って自動車によるモビリティを支えてきたのである。


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Vol.2 2019年09月

松田文子 広報委員長

まず初めに、この度の台風15号の影響により被害に遭われた会員の皆様にお見舞い申し上げます。まだ、地域によっては停電や断水が続くなど、不便な生活を強いられていることと思います。身近なものを使った工夫、安全や健康への配慮、情報の適切な伝達など、人間工学の知見が活きる場面もあろうかと思います。一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。
 さて、今回のコラムでは、自分自身の経験を書きたいと思います。先日、ある航空関係の講演会で、参加者の方から「若いころから人間工学に興味があったのですか」という質問を受けました。振り返ってみると、高校時代、世の中の多くの事象は文系理系で分かれているわけではないないのに、大学入試・学部のほとんどは文系理系に分かれていることに違和感があり、そこから発展していわゆる学際領域に興味もったことを思い出しました。「人間」が好き、「現実的なこと」が好きで、工学系の中でも人を相手にする学問であり、実学でもある「人間工学」に惹かれて大学を受験し、現在に至ります。どうやら、思い描いていた世界に飛び込めたようです。みなさまは、どのようなきかっけで人間工学と出会いましたか?是非、会員の皆様のお話もお聞きできたらと思います。


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Vol.1 2019年08月

吉武良治 理事長

第6期理事長の吉武です。2014年にスタートしたニュースレターもvol.81を迎え、本号よりコラムを掲載することになりました。学会員の皆様のコミュニケーションの場としてさらに活用していただければと思います。私からは最近、印象に残っている2つの情報を提供します。ひとつは今年の東京大学入学式での上野千鶴子氏の祝辞です。マスコミで話題となりましたのでご存知の方も多いと思いますが、現代社会の状況や多様性を尊重する大切さなどが的確に表現されています(Webサイトにて全文が掲載)。もうひとつは、書籍「ファスト&スロー」です。ノーベル経済学賞を受賞したD.カーネマン教授(心理学者)の著書で、訳本が2012年に発行されています。人間の意思決定がいかに曖昧でバイアスに影響されているか、学術的に詳らかにしています。人間工学会の会員の皆様は、人間工学的な観点での問題解決を求めている方が多いと思いますが、単に解を見つけるだけでなく、人間についてのより深い理解に基づいた課題解決を提案し、説明できることが、人間工学の特徴であることに気づかれていると思います。そしてその人間理解に関する知識や経験、事例は、異なる業種や仕事においても役にたちます。是非学会のイベント/活動にご参加いただき、情報発信してください。もしそのような場がみつからないようでしたら、遠慮なく声をかけてください。一緒に場の創出を検討していきましょう。


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